どのようにAV監督になったのか

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どのようにAV監督になったのか

なぜAV監督になったのか、AV監督としてどうしていきたいかについては、色々なところで話している。しかし、「どのようにAV監督になったのか」はよく聞かれるわりにしっかりと答えられていなかった。

なので、ここでまとめてみる。

高校卒業後

高校卒業後から20歳11ヶ月まで実家暮らしで、イベンターやSNSコンサルを名乗り小遣い稼ぎをしていたものの大学生にも会社にも行かないニートだったぼくは、自力で稼ぐ方法を探して片っ端からいろんなところに行って、いろんな人に会って、いろんな勉強をしていた。そして、面白い人が好きなぼくは、「奇人変人会」という名の自称変人が集まるイベント(飲み会)も定期的に開催していた。

その会で、面白い人がいるから紹介したいと言われて知人が連れて来たのが「トウモロコシおじさん」(後の「たわしおじさん」)だった。Twitter等で有名で、テレビにも取り上げられている、トウモロコシ(今は生モノは腐るという現実的な理由でたわしに変更)をペットにしてリードに繋げて散歩している人だ。

そんな、トウモロコシおじさんととても仲良くなり、一緒に遊ぶことが増え、ある時、六本木のクラブで知り合いがイベントをしているから行かないかと誘われて行った。そこで、クラブイベント関係者の知り合いが増えた。

その頃、強引に家を飛び出し、新宿と池袋でのプチホームレス期間を経て、職業訓練校でプログラミングを勉強し、後に上場するIT企業のプログラマーとして契約社員で入社からの正社員になっていた。しかし、会社員にも大学生にもなりたくなくて実家でニートをしていたくらいのぼくだ。あくまで21歳になる前に家を出たくてお金を稼ぐために会社員になったので、常に新しいことに挑戦して、独立をしたいと常々考えていた。

アダルト業界へ

そしてある時、クラブイベント関係で知り合った人がFacebookに興味深い投稿をしていた。前にコスプレしてダンスするという仕事を貰っていたのと同じ六本木のクラブで、AV男優の田淵正浩さん開催のクラブイベント「第一回 セクアカナイト」があるというので行った。そしたら田淵さんを紹介してもらえた。そして、なんと2回目の同イベントからスタッフになれた。AV男優の田淵正浩さんが主催なので、運営側はAV女優さん、AV男優さんが多く、お客さんも変態ばかり。

今度はそこで知り合ったお客さんがFacebookにクンニクマンさん主催「第一回全日本クンニ選手権」という謎のイベントをシェアしていて、コメントすると「出る?」と言われ、ノリで「はい!」と回答。実はクンニ経験はほぼほぼなかった。好奇心でマンコを舐めてみたことはあったけれど、それは舐めてみたでしかなく、舌で女性を気持ちよくするという行為経験はなかった。にもかかわらずトーナメント決勝戦まで進出した。惜しくも決勝戦で敗れ準優勝になったが、優勝はレズビアンの女性なので「日本一クンニが上手い男」と言われるようなる。

そうしてアンダーグラウンド界で有名になり、ワイルドワン(アダルトグッズショップ)の「絶対イカない女 VS 絶対イカせるデンマ3」に出演したのち、「デンマ大使」と認められ、YouTeberとして活動。AV女優さん、AV男優さんと番組配信し、アダルト業界でも名が知れ渡って行く。

ある時、AV男優吉村卓さんのイベント「男優オーディション」に観覧に行き、AV男優しみけんさんの「うんこ味のカレー」を進んで食べたところを、AV監督であり、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で異例のアダルト業界かつ若くして受賞(映画「メイクルーム」)した森川圭さんに注目される。その直後、AV男優トニー大木さん率いる「トニーバンド」ライブ会場でまた森川さんと会って意気投合し、別日にサシ飲みで3軒巡るほどの仲になる。「AV男優の話をもらうことはあっても断っていて、ぼくはAVの監督になりたい。」「男優なら、面白く使われて、飽きられたら終わりでちゃんと仕事にならない。」「監督なら、ものを作って売るというビジネスの勉強になる。」「作品作りを通して、自分の意思表明をしっかりしたい。障害者としても、世間的にもタブー視されているが、生きる上でも生命を繋げるためにも大切な性を、自分が表現したら世界の認識がどう変化して行くか興味がある。」そんな話をして、「俺が裏でサポートするから、にしくんAV監督になろう!」と言って頂き、森川さんと共にAV監督になるために動き出した。

そして、DMMさんとお話しする機会を頂くが、監督として需要があるかわからないし様子見ということで、まずはDMMニュースライターの仕事を貰う。

その頃、年齢は、大学に現役で行っていれば卒業する年だった。2016年3月に同級生は大学を卒業し、2016年4月は新卒で入社する時期だ。ぼくは、基本的にみんなと逆のことをしたい。だからノリで会社を辞めた。ノリで辞めたからどうなることかと思ったが、飲み会で知り合った人からプログラミングの仕事は貰えたし、トークライブで仲良くなったビックダディさんには歌舞伎町のホストクラブ「A.C.T」を紹介してもらえて、YouTubeとライターの仕事もあるので生活出来た。

SOD高橋がなりさんに会う

ただ、AV監督の話を諦めたわけではなく、とうとう、2016年9月にSOD創業者の高橋がなりさんと話す機会を頂き、なぜAV監督になりたいか、自分がAV監督になるとどういうメリットがあるか、どんな作品を考えているか、本人を前にプレゼンをした。実は、がなりさんにはぼくのことを前もって伝えていなかった。あくまでも森川さんの会議に同伴しただけだった。だから、がなりさんは最初ぼくのことを森川さんの子供だと思ったらしい。そしたら、AV監督志望の23歳らしくてプレゼンを始めるからビックリしたけれど、しかし、森川さんに新企画を頼むのが目的の会議だったから、ぼくの話は聞いたものの自然に流れてしまった。このままではダメだ。どうにかしてがなりさんの心を動かさなければ。まさにリアル「マネーの虎」だった。

ひとまず、がなりさんが森川さんに新企画の説明と依頼内容を話しているのを聞きながら、作戦を考え直す。そして思った。がなりさん、自分と考え方が似ている。面白いこと、新しいことが大好きで、とりあえず行動してみるチャレンジ好きな人だと感じた。だから敢えて強引に、がなりさんと森川さんが企画について話しているところに割って入り、「その企画、ぼくも〇〇な形で参加してもいいですか?ぼくがすることで、こんなメリットがあり、こんな新しいことが生まれ、このように、、、」と、遠慮なく話に入って行った。もしかしたら多くの人は、大事な新企画を話しているところに、第三者、しかも23歳で業界未経験で障害者が割って入って来て話し出したらイラつくかもしれない。しかし、がなりさんは違った。読み通り意気投合した。「君の考え面白いな!確かに、君がこうすることでこうなって、ああしたらああなって、、、しかし、こんなデメリットもある。うーん、ちょっとだけ考えさせてくれ。二村はどう思う?」と聞く。そう、この会議には、大御所AV監督二村ヒトシさんもいた。「彼がすることでこんなメリットがありますね!しかし、今回の企画は森川さんに任せた方が良いかもしれない。彼だとこんなデメリットがある。しかし、AV監督デビューの話はとても良いと思う。こんなメリットも、あんなメリットもある。」などと、推してもらえた。そうしてどんどん話が進む。最終的に、「俺は、見てみたいと思ったものには金を出す。君は面白い。どんなものを作るのか見せてくれ!」と言ってもらえた。トップがGO!と言うとすぐ全体が動き出す。すぐ内容は決定し、ちょうど1ヶ月後に撮影した。

モザイク処理、発売前に、ある程度完成した作品をがなりさんに、三大AV監督、溜池ゴローさん、二村ヒトシさん、鎗ヶ崎一さんと一緒に鑑賞して会議をする。そして言われた。

「これはにしくんにしか撮れない!」

そして、がなりさん、三大AV監督さん方が口を揃えて言った。

「参った。」

ベテラン女優さんほど、慣れて芝居染みたセックスになっていく。エロいドラマを撮りたいのなら、それは良いことだが、ありふれたAVを作っても強豪が多い。だから、新しいものを撮りたいし、女優さんの新しい表情やリアクションが欲しい。

そこで、ぼくが撮ることで女優さんは、純粋にサイズ差や違和感、背徳感、ビジュアル的面白さはもちろん、戸惑いや不慣れ感、いたわる優しさ、こどもに感じることで出る母性、この特殊な状況でどうすればエロくなるか挑戦しだす痴女さ、などが素で自然と出てくるのがすごく良くて、それは他の人には絶対に撮れない唯一無二の武器だと、大絶賛された。

しかし、言うまでもなくぼくはADどころかAVの撮影現場すら初めてのド素人だ。技術的にも乏しい。さらに、前例がないからどのようにそのぼくの特徴を活かして、どんなAVにすれば大ヒット作が生まれるのか、がなりさん、他監督さんにもわからない。だから、「他にない逸材をじっくりと模索して大切に、にしくん監督を育てたい。」と言って、SOD初の専属監督の話を頂いた。まだ、1作目を見た段階でだ。これから審査団体に出すのだから、無事にリリースされるかわからないし売れるかもわからない。にも関わらず、飛びつくように専属契約の話を頂けた。がなりさんが総合プロデュースで、三大監督さんのサポートが入る。例えるなら、日本テレビの会長に「君はうちで育てたいから他の局には出るな。冠番組を与えて、お笑いビッグ3のビートたけし、明石家さんま、タモリを付けよう。」と言われたようなものだ。しかも、女優さんですら難しい一年契約を提示してもらえた。ここは強気に、ぼくみたいな人材他にいないし、年収1000万以上欲しい、専属は制限増えるし、、、と通常の監督より値段を釣り上げて1本約70万にして契約をした。事務所もマネージャーもいないワンマンでやって来たが、AVに関してはSODさんのサポートが入って活動することになった。こうして、SOD初専属AV監督にしくんは誕生した。

というのが、高卒ニートだった障害者が23歳で年収1000万越えの性の悦びを知りまくっている史上初のSOD専属AV監督になった話だ。

あとは、何を撮り、何を伝え、どう変化して、どう成長するか。

乞うご期待!

はじめまして、109cmのAV監督 にしくんです feat.浜崎真緒

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